23区の一部で進む、公立小の「階層化」の実情

 

東京23区の一部公立小学校では、私立顔負けの富裕層が集まっている。子どもの教育環境を住宅購入の動機として優先する人が増えているからだ。

 文部科学省の「子供の学習費調査」(2014年度)と日本政策金融公庫による「教育費負担の実態調査」(15年度)によると、子どもを幼稚園から大学まですべて国公立に通わせた場合の学費は、約1213万円。すべて私立(大学は文系と理系を合わせた平均値)となると、約2749万円にも上る。

 こうした数字をみて、「ウチは小学校までは公立でいいわ」と考える家庭も多いはず。公立なら学費も抑えられるし、富裕層が通う私立で見られるような、親同士の「マウンティング」とも無縁そうだ。だが東京23区の一部公立小学校では、私立顔負けの富裕層が集まっている。

 12月9日、不動産コンサルティング会社「スタイルアクト」は、同社が運営するサイト「住まいサーフィン」に東京23区の公立小学校の「学区年収別ランキング」を公表した。国勢調査や住宅・土地統計調査を使って、各町丁目別の年収データ(単身者を除く)を算出。それを各学区域に当て込んで、独自のロジックを使って分析、集計し、23区それぞれの平均年収トップの公立小学校を一覧にした。

 同社の堂坂朋代さんによると、小さい子を持つ不動産購入希望者は、最寄りの公立小学校の情報をとても気にするという。学校までの経路はもちろん、児童数や先生の評判、中学受験率など学校の内実を知りたがっている。だが、不動産広告では学校までの距離以外のデータ表示は禁じられているため、不動産会社は評判を知っていても、口頭でしか伝えることはできない。そこで、物件購入の判断材料の一つとして、学区の「平均年収」を調査したのだという。

●中学では早慶以上に

「平均年収は自分たちと似たような“属性”の家庭がどのくらいいるかの目安になります。同程度の家庭の子どもが多く集まれば、価値観や家庭環境も同じようなものになり、集団に違和感なくとけこみ、学校生活が送りやすくなります。平均年収より上か下かではなく、その地域で新築マンションが買えるのかという点も判断材料にしてほしい」


平均年収は、トップの港区から7位の中央区まで1千万円の「大台」を超えた。最も低い荒川区でも753万円だった。

 国税庁の「平成27年分 民間給与実態統計調査」によると、正規社員の年間平均給与は485万円。同調査は単身者を含むので単純比較はできないが、23区の一部の公立小学校では、全国平均の2~3倍の収入がある世帯が集まっている。

「富裕層」世帯が、私立ではなく公立の小学校に通わせるのはなぜか。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏はこう語る。

「お受験をして、慶應幼稚舎など名門校に入学できるのは一握りです。でも最終的には早慶以上の大学に行かせたい親は多い。それなら、お受験で無理をするよりも、小学校は公立でも塾などで学力を鍛え、中学受験で早慶を受ける。もしくは、御三家と言われる進学校に挑戦して早慶以上を狙えばいい、と計算して公立小学校へ入学させる親御さんはいるでしょう」

●お金に加え「運」も必要

 実際、目黒区のランキング上位の公立小学校に娘(10)を通わせる30代の主婦はこう話す。

「お受験も考えましたが、中学受験率が9割と聞いて、地元の公立小学校にしました。受験率が低い公立だと浮いてしまう可能性もあるので、そこは気にしました。娘は2年生から『SAPIX』に通っていますが、教育熱心なご家庭が多く、同じような子も珍しくありません」

 では、個別にランキング校をみていこう。トップは「港区立南山小学校」。学区内の平均世帯年収は1409万円と群を抜く。学区内には総戸数793戸「六本木ヒルズレジデンス」や、地上29階、地下3階の「フォレストタワー」を有する「元麻布ヒルズ」をはじめ、専有面積の広い高級マンションが立ち並ぶ。70平方メートルの新築マンションの相場価格は約1億270万円。庶民の生活水準を超えている。

「学区では元麻布3丁目の平均年収が特に高く、約1662万円。港区は、他にも名門校と言われる白金小学校(平均年収1174万円)、日本最初の公立小・鞆絵小学校などが統合してできた御成門小学校(平均年収1268万円)など、人気校がひしめいている」(堂坂さん)

 私立保育園「駒沢の森こども園」の経営者で、富裕層の教育事情に詳しい角川慶子さんがこう言う。


「南山小学校に子どもを通わせる知人によると、専業主婦でも、外国人のベビーシッターに子どもの学校や塾への送迎を依頼しているお母さんが多くいるそうです。居住地が六本木から近距離のため、『グランドハイアット東京』で3千円以上のランチを食べるのも日常的だとか。富裕層の専業主婦でグループができているみたいですね」

 2位は「千代田区立番町小学校」。創立は1871年で、作家の吉行淳之介や歌舞伎役者の市川猿翁(二代目)などが輩出した伝統校だ。平均世帯年収は1151万円で、新築3LDKの物件は、ここも1億円超えだ。

「番町小学校は区域外からの越境希望者の多い学校として知られていますが、近年は学区内に居住実績がある人でないと入学が厳しくなった。千代田区の次点は『麹町小学校』。永田町が学区に入っており、『プルデンシャルタワーレジデンス』など数は少ないものの高級マンションがあります」(堂坂さん)

 港区、千代田区を抑えて、70平方メートル新築マンションの価格でトップだったのは、渋谷区の「神宮前小学校」。新築物件価格は1億2663万円だ。学校は東京メトロ「明治神宮前駅」と「表参道駅」に挟まれた一等地にあり、小学校の敷地は商業・住宅施設「表参道ヒルズ」に隣接している。この付近は都内でも屈指のブランドエリアで、新規物件自体が希少。物件を購入するには「経済力」に加えて「運」も必要となる激戦区なのだ。

●人気のモデル校

「今年から渋谷区の小学校の英語教育モデル校になっています。学区域には外国人も多く居住しているので、敷地内には『神宮前国際交流学級』という別の学校もある。国際色豊かな教育環境が整っています」(同)

 杉並区の「桃井第三小学校」(平均年収936万円)も、13年から杉並区教員委員会からICT(情報通信技術)活用の研究パイロット校に指定されている。児童へのタブレット端末の貸与、電子黒板、デジタル教材の活用などが行われており、先進的な教育が受けられる。


4位は、品川区の「第三日野小学校」。JR「目黒駅」と東京メトロ「白金台駅」の中間付近にあり、御殿山小学校と並ぶ品川区の名門校のひとつだ。平均年収は1051万円。学区内で特に高いのは「白金長者丸」といわれる上大崎2丁目、池田山の東五反田5丁目。いずれも高級住宅街として知られており、特に池田山は品川区内でもトップクラスの高級住宅街だ。

「池田山、御殿山、白金長者丸などは、いずれも由緒ある昔のお屋敷などがあった場所。長い歴史の中で富裕層が多く住みついて邸宅街が形成されていき、今でも年収が高い世帯が多く集まるようになった」(同)

●内申書はブランド校で

 大田区の「田園調布小学校」が5位。言わずと知れた高級住宅地・田園調布を学区とする。敷地面積の広い大邸宅が多い中、特に田園調布3丁目と5丁目の年収が高い。

「駅の西側に広がる3丁目は借家世帯でも平均年収が1千万円を超えます。学区外からの指定校変更願いが多く出されている人気校です」(同)

 自身も田園調布小学校出身の角川さんが言う。

「中学受験の内申書は、有名ブランド公立小から提出したいと考える親御さんもいます。中学校側が『この小学校出身の子なら安心だろう』とプラス評価になることを期待しているからです。そうしたイメージという点で、田園調布小学校はうってつけなのではないでしょうか」

 年収が高い世帯は、「歴史と伝統」「パイロット校」など教育環境の良さを重視する。必然的に評判の高い小学校区の物件を選ぶことになり、その学区にはますます富裕層が集まってくる。「こうした傾向はより強くなるはず」と堂坂さんは語る。

「今でも学区を選択できるのは新入学時のみで、転居時には選択できない自治体もある。特定の学区に人気が集中すると、学区選択制が制限される可能性もあります。『子どもの教育環境』を住宅購入動機として優先する人は増えるはずです」

 牧歌的でのんびりとした風景は、今は昔。都心では、公立小学校さえも「階層化」が進んでいる。(編集部・作田裕史)

※AERA 2016年12月26日号