年収1000万円家庭がハマる超過酷お受験サバイバル

 

 いつかは突破したい大台である年収1000万円。しかし、達成した後に広がる世界は、決してバラ色ではない。1000万円家庭の経済的な余裕、教育熱心さが、有名大学進学への近道となる中高一貫校受験に向かわせる。しかし中学受験は金を掛ければきりがない世界でもある。(「週刊ダイヤモンド」2014年5月3日号特集「年収1000万円の不幸」より)

 「うちの子も中学受験させましょうよ」。大手金融機関に勤める多田久雄さん(仮名、44歳)に妻が話し掛けてきたのは3年前の春だった。社宅に住んでいたころ、家族ぐるみの付き合いだった部長の長男が、私立の中高一貫校を経て、国立大学の医学部に受かったという。

 とはいえ多田さんは当初、中学受験にいいイメージはなかった。小学生が夜遅くまで塾に通い、入試時期には頭にハチマキを巻いて何時間も勉強する。大事な長男にそんなことをさせていいものか。

 一方で、妻が買ってきた中学受験ガイドを見ると、中高一貫校の高い大学進学実績がずらりと並び、魅力的に思えた。

 息子には、一流大学を出て、ビジネスマンとして成功してほしい──私立中高の学費や塾代も気になるところだが、幸い家計に余裕はある。多田さんは一念発起し、長男の中学受験準備が始まった。

 長男は週に3回、電車に乗って大手塾に通い、偏差値が伸び悩んだ時期は併せて個別指導塾にも通った。夏・冬の講習や、理科実験の特別授業なども含めて、塾代は3年間で300万円を超えた。勉強ばかりでは体力や精神力を鍛えられないと思い、水泳教室にも通わせた。

 多田さんは入試に掛かる費用をある程度は試算していたが、クライマックスで大波乱が起こった。

 入試を迎えた今年2月のことだ。第1志望校は、第1日程、第2日程共に不合格。滑り止め校は合格したものの、第2志望校の第1日程は受からず、第2日程で、何とか合格を勝ち取った。

 ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、第1志望校から突然、補欠合格の連絡が飛び込んできた。その時点で、合格した2校に数十万円ずつ入学金を払い、進学予定の学校の制服も買ったばかりだった。

 迷った末、念願の第1志望校に入学金を払い入学することにした。複数の受験願書代と度重なる入学金で、2月の出費は120万円を超えた(下図参照)。長男の中学受験は、ようやく幕を閉じた。

 多田さんは「準備期間に加え、入試時期でもこんなに金が掛かるとは。正直、誤算でしたが」と苦笑するが、心配なのは今後の教育費だ。長男の私立中学の学費は年間100万円で、小学4年生の長女もこの春、受験勉強を始めた。この先どれだけ膨らむのか、想像もできず、不安がよぎる。

● 掛けるときりがない 中学受験の費用

 多田さんのケースは、決して特別なものではない。

 中学受験事情に詳しい森上教育研究所の森上展安所長によると、中学受験をする子供の割合は、首都圏(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県)で公立小学校卒業生の12.5%。リーマンショック前のピーク時からは減少したものの、東京都に限れば2割近く、地域によってはクラスの半分が中学受験をするのも珍しくないという。関西圏や名古屋、広島、福岡といった都市でも中学受験が盛んだ。

 親の年収は少なくとも700万円、子供2人を私立中学に入れたいなら800万円強はないと難しいといわれる。入学後の学費は年間100万円前後、入学前の塾代には大手の集団授業の塾なら3年間で250万~300万円ほど掛かるからだ。

 塾は授業の難易度でレベル分けされている。よりレベルの高い塾の入塾試験を突破するため、あるいは難しい塾の授業についていくために、家庭教師や個別指導塾を併用する家庭も少なくない。つまり、「塾のための塾」だ。どちらも回数によるが、月額4万~7万円が相場だ。

 

 さらに親たちが熱心になるのは、受験科目に必要な学習だけではない。「受験に勝つ子」を育てるための習い事も盛んだ。むろん、そこにも金が掛かる。中学受験生に多いのが、音楽系ならピアノ、頭脳系なら囲碁や将棋、スポーツ系なら水泳だ(図3‐3参照)。

 ピアノは、「日常生活ではしない指の動きをすることから、脳を活性化させる」と中学受験生の母たちの間では支持されている。実際、男子の最難関校・私立開成中学校では、休憩時間に校舎内にある複数のピアノを生徒が自由に弾く姿が、まま見られるという。

 塾代に習い事費用など「中学受験はお金を掛けようと思えばきりがない世界」と中学受験関係者は指摘する。過熱を煽るように、専門の情報サイトや親の口コミ掲示板、受験ガイドブックや教育雑誌などには情報が溢れている。

 また、「中学受験は親子の受験」ともいわれる。特に母親は、塾の休み時間に食べる弁当作りや各種情報収集、子供の宿題サポート、健康管理などに大忙し。働く母親にとっては仕事と子供の受験の両立ができず、中学受験のタイミングで仕事を辞める母親すら居る。母親が仕事を辞めたことで、収入が減り、家計は悪化していく。

● お金があれば 国内よりも海外大学に行かせたい

 しかし、中学段階で受験競争に巻き込まれるのは、まだ幸せな方かもしれない。首都圏では、中学受験ほどではないが、私立の小学校に入学させるための“お受験”にまい進する親も多い。

 あどけない表情の5~6歳の子供たちが挑むのは、筆記試験や運動の試験だ。それらを訓練するための塾も多数あり、月謝は3万~5万円というケースも珍しくない。筆記はこの塾、運動はあそこの体操教室がいい、という情報が母親の間で流れ、複数の塾を掛け持ちする子供も居る。

 妻がお受験に取り組む早稲田大学出身のある男性は「自分は受験勉強といえば高校3年生のときにしただけだった。小学校に加えて、中学や大学の受験をさせるなんて……」とため息をつく。

 

 「子供には良い教育を」という1000万円世帯の親の思いは加速し、狙いが海外の大学にまで及んでいる。

 年収1000万円以上のビジネスパーソンに、子供に行かせたい大学を尋ねたところ、上位3校は彼らの多くが卒業した慶應義塾大学、東京大学、早稲田大学だった(左表参照)。

 しかし、注目すべきは、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学といった海外の一流大学が幾つもランクインしたこと。「費用が工面できれば国内大学より海外大学へ子供を行かせたいか」との問いには、6割の人が「行かせたい」と答えた。

 ある教育雑誌では最近、開成高校や灘高校から海外の一流大学へ進学する若きエリートを載せた記事が好評だという。

 大学全入時代において、また、海外でのビジネスがこれだけ盛んな今、国内での競争に終始していても仕方がない。世界で活躍できる人物になるには、東大よりもハーバード大の方がいい、と意識の高い1000万円層は考える。

 けれども、子供のころから金の掛かる受験をし、海外留学もさせるには、さらに金が必要だ。

 田端智之さん(仮名、45歳)は一人息子を都内の有名私立中学校に新幹線通学させている。とはいえ教育熱心なのはむしろ田端さんの父親で、年間100万円以上掛かる授業料や通学費を負担する。「海外留学の費用も出すよ」と孫への援助を惜しまない。

 近年、私立中学校が受験生を対象に開く学校説明会には、両親に加え、祖父母も出席する傾向が高いという。1000万円人材を再生産するための教育をめぐる状況は、「親の経済力」プラス「祖父母の経済力」も影響するようだ。

 まさに、総力戦ともいえる状況はやむ気配がない。

週刊ダイヤモンド編集部